水晶婚でした [時事ネタ]
昨日、3月7日は、15回目の結婚記念日であった。ネットで調べたら、水晶婚というらしい。
とはいえ、平日のことであり、とくに家庭内での行事はなかった。仕事も忙しい時期であるのだが、予定より早く終わったので、高校時代の水泳部の月例OB会に出席してきた。
「仕事が早く終わったのなら、早く家へ帰るべきでは」と思われる方もいるかもしれない。しかし、そうも行かない事情もある。
私の結婚式の当日、高校時代の水泳部の大先輩が祝辞を述べてくれているときに、突然心臓発作を起こし、倒れてしまった。先輩はそのまま帰らぬ人になったのだが、ほかの先輩達の配慮で、私にはその事実は知らされず、「集中治療室で面会謝絶だから、誰も会えない」といわれ、そのまま新婚旅行へ出かけた。旅行中もそのことは知らされず、帰国した成田空港で知らされたのである。
それは、「一生に一度の新婚旅行に、予定どおり送り出してやろう」という仲人(も水泳部の先輩)をはじめとする方々の配慮であった。その気持ちは、とてもありがたかった。同時に、正直いって「恩人の葬儀(しかも当事者)に出られなかった」ことに対する負い目も生じさせてしまった。
亡くなった先輩は、高校の水泳部の発展に、一生をかけたような方だった。私もどれほどお世話になったことか、感謝の気持ちを言葉でいいつくすことはできない。
それで、「微力ながらも、高校水泳部の活動の手伝いをしなければ」と思ってはいたが、毎日の仕事と生活で時間が取られるなか、なかなか役に立つようなことはできなかった。忸怩たる思いを抱きつつも、ときどき試合に顔を出すくらいしかできなかったのである。
こんな思いは、誰にも話すことはできなかった。15年たって、やっと書くことができるようになったところである。いまだに、自分の結婚式のビデオを見ることはできないままであるが。
そんなわけで、結婚記念日にもかかわらず、水泳部のOB会に出席してきたというわけである。私と同年代の後輩が、OB会の要職についていることもあり、今後ともできる範囲のお手伝いをしていこうと思っているしだいである。
こんにちは。ひとまず、おめでとうございます、幸せが末永く続きますようにお祈りしております。
でも壮絶なれご経験をされたのですね。結婚記念日が来る度に、思い出されるわけですね。いろいろな感情が入り交じってなんともいえない気分になりますね。
by いまかず (2007-03-08 18:58)
いまかず様、コメントしにくい記事にコメントをいただき、ありがとうございます。
これからも、無理せず、できることをやるように心がけたいと思います。
by ルナトラ (2007-03-09 14:05)
あれは壮絶な出来事でした。
私は二次会の司会でした。手伝ってくれた同級生が次に逝ってしまうとは・・・。
川崎のお墓は、平日はひっそりと穏やかです。
アンパンをお供えしても、振り返り三歩歩くとカラスが取っていってしまうので、お線香だけ着けて、心の中で水泳部の近況報告をしに行くのです。
「千の風になって」が心に響きますね。私の結婚式にもお二人は来てくれていたと思います。「まだこっちに来るな!」と助けてもらったとも思っています。
仲間のありがたさ、を若い人に伝えてあげなきゃって思いが日に日に強くなります。
穏やかな気持ちで、みんなでお墓参りにいきたいですね。
by ひら (2007-03-20 21:46)
あのときはお世話になりました。
そうだ、お墓参りに行かなきゃ。
奥さんにも挨拶に行かなきゃ行けないと思いつつ、1人だと敷居が高い気がするので、今度いっしょに行ってください。
by ルナトラ (2007-03-21 00:11)