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『覇王の番人』への苦言 [書評]

小説は、虚実をとりまぜて、うそを読者に信じ込ませるものであると思う。

真実の部分がしっかり書かれているからこそ、うその部分も「ほんとうかもしれない」と思わせる、あるいはそんなことを考えさせないことができる。

歴史小説の場合、どうしても動かせない歴史的事実がある。例えば、「1600年に関ヶ原合戦があり、東軍が勝った」とか、「1945年に日本は戦争に負けた」とか。逆にいうと、そういう制約があるからこそ、歴史小説はおもしろい。

本作は、明智光秀の物語である。ということは、「きっと、本能寺の変が書かれる」と想像しながら読むことになる。


覇王の番人(下) (講談社文庫)

覇王の番人(下) (講談社文庫)

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/09/15
  • メディア: 文庫




本能寺の変については、これまでたくさんの解釈がされてきた。「光秀怨恨説」「朝廷陰謀説」「毛利と秀吉の共謀説」・・・。「武田の遺臣がしかけた」なんていうのもあった。


どんな説でもいい。その物語を読みながら、できるだけ破綻なく、「それもありかも」と思わせてくれればいいのである。

ところが、どうもこの話は危うい。読んでいてのめりこめない違和感を覚えるのである。

それが決定的になったのが、下巻のP102。上杉謙信が死亡したくだりのところである。これは1578年のこと。そこに、「上杉謙信の動きを見て北条氏康が兵を集めた」「関東の東には、奥州の雄、伊達政宗もいた」と書かれている。

これにはぶっ飛んだ。

ちょっと歴史に詳しい人ならわかると思うが、北条氏康はとっくに死んでいる(1571年)。また、伊達政宗が家督を相続するのは本能寺の変の後である。

こんなところを間違えられると、「ほかのところもいい加減ではないのか?」と思ってしまう。心地よくだまされたいと思っているのに、物語に入っていけないのである。


これは、もちろん作者の力量不足もあるが、担当の編集者も悪い。ここは直さなければ。新潮社は、こういうところはしっかりとしていると思っていたのだが、残念である。
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所長

 背景を変えたのですね!印象がすっかり変わりました。
by 所長 (2012-09-25 18:05) 

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